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デンマーク ・ ヘルシンガーからの便り  72

「ニューカールスベア美術館」

2026/1/13小野寺綾子 / ヘルシンガー


ニューカールスベア美術館

デンマークを代表するビールといえば世界で第三番のシェアを持つカールスベア*ビールです。 このカールスベアビールはただビールの生産販売だけではなく、カールスベア財団という財団を設立して利潤を人文、美術、科学、教育などの分野に広く還元しています。
コペンハーゲンのチボリ公園とコペンハーゲン市庁舎の後方にある広場に1897年に開館したニューカールスベア美術館(Ny Carlsberg Glyptoteket)があります。 カールスベアビール二代目当主であったカール・ヤコブセンによって収集された古代ギリシャ・ローマ彫刻、古代エジプト彫刻、近代フランス印象派の絵画、彫刻などの作品が知られています。 収蔵品を展示する美術館の設計はデンマーク古典主義を代表するダルロップとカンプマンという二人の建築家、1990年代になってヘニング・ラーセンが関わっています。

ニューカールスベア美術館は、建物の細部まで使われている大理石、レンガなど建築素材の選択、部屋のスペース、採光、色などが一つの芸術作品になっているほど完成度が高い建築です。 展示室では彫刻、絵画を引き立てるように壁の色や床のモザイク文様が美しいです。
カールスベアビールは1847年にヤコブ・クリスチャン・ヤコブセン(Jacob Christian Jacobsen 通称J.C,ヤコブセン 1811-1887)が父のビール工場を継ぎ、1847年にコペンハーゲンの近くにあるバルビー(Valby)という土地にカールスベアビール工場やビールを醸造するため研究所を作りました。 その一人息子がカール・ヤコブセン(Carl Jacobsen 1842-1914)です。 彼は幼い時から父のビール工場を引き継ぐように運命づけられていて、17歳で4年間ドイツや英国などにあるビール工場を視察する旅に出ました。 父J.C ヤコブセンと息子カールは互いにライバル同士の関係で、執拗していました。 デンマークに戻ったカールは父のビール工場は継がずに、父の工場の隣に新しいカールのビールという意味である「ニューカールスベアビール工場」を設立しました。

カール・ヤコブセンは芸術に深い関心があり、ギリシャに旅行して古代ギリシャ彫刻を買うようになりました。 ビール工場がある敷地に自宅を建て、彫刻を展示していました。 さらに1882年に毎日曜日に有料で収集した彫刻類を一般公開していました。 1884年、国王が住んでいた現在国会があるクリスチャンスボー王宮が火災にあい、王が収集していた美術品が焼けるという出来事がありました。 カールと妻はドイツのミュンヘンにあるルードイッヒ1世が建てたバイエルングロプトテークからインスピレーションを得て、公的に美術品を見せる建物を作ることを計画しました。 コペンハーゲン市に美術館用の敷地を要求し、市と国に美術館を建設に協力することを求めました。

本館の最初に建てられた部分と鉄骨の柱で支えられているドーム型の温室はヴェイルヘルム・ダルロップ(Vilhelm Dahlerup 1836-1907)の設計です。 建物は内部に大理石をふんだんに使っているので重厚で威厳を感じさせます。 ウインターガーデンと呼ばれる15㍍の高さがあるドームは南国風な椰子の木が生い茂る温室で一息付ける場所です。 ダルロップはニューカールスベア美術館のほかに国立絵画館、チボリ公園にある中国風なパントマイムシアター、特にカールスベアの工場の設計も担当していて、カールスベアビールの象徴でもある4頭の象がいる門が知られています。

ハック・カンプマン(Hack Kampmann 1856-1920)は1900年から増築部の設計を始めています。 この設計はコンペがあり、建物に古代様式を取り入れていることが条件でした。カール・ヤコブセンはギリシャからインスピレーションを得たカンプマンの設計を採用しました。 カンプマンはダルロップが設計した本館から続く古代ギリシャ、ローマ時代の彫刻が立っているギリシャ神殿を模した大理石でできた大ホール、各展示室の壁の色、床に見事に装飾された植物をモチーフとしたモザイクをデザインしています。 建物の外壁に擬人化した動物が施され、後庭に面した建物の壁面にはギリシャ風な衣装をまとったカール・ヤコブセン夫妻のレリーフがあります。 実際カール・ヤコブセンとカンプマンはギリシャに旅行をするくらい仲が良く、後日カールはカンプマンに自分の邸宅設計を依頼しています。
フランス印象の絵画などを展示している展示室は、ヘニング・ラーセン(Henning Larsen 1925-2013)がカンプマンが増築した部分に内蔵するように作られ、柔らかい光が差し込む白い大理石のアプローチは、洗練された静かなたたずまいを描いています。 屋上はテラスとして開放されていて、市庁舎、チボリ公園などコペンハーゲン旧市内が見渡せます。

この美術館で大事なのは各展示室の壁の色です。 1897年に完成してから展示室の壁は何度も塗り替えられています。 2021年に美術館はダルロップが設計した本館の壁の調査をして、ある部屋の壁の色は過去12回も違う色に塗られていることが分かりました。 ダルロップやカンプマンがデザインした床のモザイクはイタリアの町からモザイク職人を招いて作られています。 彼らは北イタリアのフリウル Friuliという町のモザイク職人で、彼らが制作したモザイクはコペンハーゲン市庁舎、王立図書館、大理石教会などにも見られます。
2014年にニューカールスベア美術館で古代ギリシャ・ローマ彫刻の復元についての大変興味深い展覧会がありました。 今では白い大理石の彫刻は本来色彩が施されていたという説が認められています。 人物像がどんな色に塗られていたのかという復元の展覧会は、極彩色に装飾された像は大変衝撃的でもあり、興味深かったです。 大理石の像は白色でなくてはならないという近代の美意識とは異なる着色されたギリシャの英雄や神々は、日本の仏像や寺院も本来は金色や極彩色に装飾されていた事と同様なことが言えます。 その展覧会を見た後、別室にある真っ白い彫刻が非常つまらなく、無味乾燥に見えました。

ダルロップが設計した建物が残るカールスベアビール工場は、2008年に閉鎖されました。 2012年から始まった工場跡にある既存の建物を生かしながら、複数の設計事務所が新しいオフィス、高層低層アパート、学校、文化施設を建設していく計画は2024年に終了の予定でしたが、工事は現在も進行中です。 町の道幅はビール工場があった時の幅を継続していているので、車の往来は規制されています。 車の路上駐車はできず、すべてのビルの地下に駐車します。 ビール製造に所用された建物は外観を維持しながら改修して事務所、ダンス劇場やモダンなホテルになりました。 約100m高さの高層アパートは7棟、低層アパートも含めると3100戸、700家族の住宅があります。 レストラン、カフェや商店が入居するようになりようやく街の姿を形成しつつあります。 カール・ヤコブセンの邸宅に付属する庭は、地域の公園として公開されています。

*カールスベア〔Carlsberg。日本では「カールスバーグ」と表記されることが多いが、本稿ではデンマーク語発音に基づき「カールスベア」と表記する〕

写真は全て小野寺綾子氏撮影
全ての内容について無断転載、改変を禁じます。

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■ ニューカールスベア美術館 正面

■ ニューカールスベア美術館 正面

■ ニューカールスベア美術館後ろにあるギリシャ風の衣装を着たカール・ヤコブセン夫妻の肖像。

■ ニューカールスベア美術館後ろにあるギリシャ風の衣装を着たカール・ヤコブセン夫妻の肖像。

■ ヘニング・ラーセンが設計した印象派の作品を展示している部屋。

■ ヘニング・ラーセンが設計した印象派の作品を展示している部屋。

■ ヘニング・ラーセンが設計した建物の屋上から市内が見渡せる。

■ ヘニング・ラーセンが設計した建物の屋上から市内が見渡せる。

■ ダルロップが設計したウインターガーデン。

■ ダルロップが設計したウインターガーデン。

■ カンプマンが設計した大理石がふんだんに使われた広いギリシャ神殿に似たホール。式典やコンサートなどに使われる。

■ カンプマンが設計した大理石がふんだんに使われた広いギリシャ神殿に似たホール。式典やコンサートなどに使われる。

■ 美術館の展示室。

■ 美術館の展示室。

■ イタリアのモザイク職人が作った各部屋に見られる床のモザイク。

■ イタリアのモザイク職人が作った各部屋に見られる床のモザイク。

■ カール・ヤコブセンの妻がスコットランド出身だったので、あざみのモザイク。

■ カール・ヤコブセンの妻がスコットランド出身だったので、あざみのモザイク。

■ ゴーギャンの妻はデンマーク人だったので、デンマークの美術館に優れたゴーギャンの作品がある。

■ ゴーギャンの妻はデンマーク人だったので、デンマークの美術館に優れたゴーギャンの作品がある。

■ カールスベア工場跡にあるダルロップが設計した門にある四頭の象。

■ カールスベア工場跡にあるダルロップが設計した門にある四頭の象。

■ 敷地内に7棟あるタワーマンション。

■ 敷地内に7棟あるタワーマンション。

■ ホテルになった建物の後部と最初に建設されたタワーマンション。

■ ホテルになった建物の後部と最初に建設されたタワーマンション。

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