ヘルシンガー駅の正面出口から駅前広場に出ると、クロンボー城が良く見えます。 城を目指して歩くと、港の歩道面積が拡張されたので、これまでのように、クロンボー城まで電車の踏み切りを横断したり、迂回することなく、約15分と最短距離で行けるようになりました。 道は、元造船所の建物を大部分残して改築された、カルチャー・ベアフト(Kultur vaerft)「文化の造船所」
と呼ばれる図書館が入った文化センターと、新しい海運博物館の上を通って、城に入る門につながります。
2013年10月5日に文化センター脇にBIG(Bjarke Ingels Group )が設計した、海運博物館(M/S museet for Soefart)が開館しました。 2010年の鍬入れ式から2013年の施工まで多難なことがあり、紆余曲折の末に実現した博物館です。
2006年に発表された博物館のコンペで、設計は、背景にあるクロンボー城の風景を損ねないように、建物の制約や高さ制限がありました。 38件のプロジェクトの応募の中、最後にBIGやシュミット・ハマ—・ラ—センK/S(ブラックダイヤモンド国立図書館増築設計やアロス美術館設計)ドーテ・マンドロップDorte Mandrup(アーネ・ヤコブセンのムンケゴー小学校の地下増築を設計した女性建築家)など5つに絞られました。
普通建物は、外から出来る過程を見ることができます。 博物館は、地下深くに作られているので、どのくらい工事が進んでいるのか、近くの図書館から工事中の作業をながめても、さっぱり工事の経過がつかめませんでした。 工事中にポーランド人の労働者が一人事故死しました。 博物館を建築する前に、建物を作っても運営資金が不足していることが取りざたされていました。 2013年4月に館長が辞任しました。 夏休み前に合わせて、6月末に開館する計画でしたが、5月上旬に集中豪雨があった時、雨が博物館の中に入って電気系統に被害を与えたため、開館が10月に延期になりました。
海運博物館は、100年ほどクロンボー城の中にありました。 常設展示は、狭い部屋に船の模型や展示物が古いガラスケースに入っていて、興味をそそられない昔ながらの展示でした。 博物館準備委員会は、新しい博物館は、過去の事だけを紹介するのではなく、グローバリゼーション化した現在のことも紹介したいという構想を持っていました。 ヨーロッパ各国の博物館を見学した時、オランダ、ロッテルダムの港の歴史を紹介する博物館の展示に興味と関心が行きました。 このロッテルダム港の博物館を手掛けたオランダのデザイン事務所を招へいし、展示を依頼しました。 展示室は、大人も子供も楽しめる、非常に視覚的で、知的好奇心をそそられる内容に変わりました。 常設展は9つの展示室から構成されています。
最初の展示は昔の船員と船での生活。 デンマークは海運国です。 70代以上のデンマーク人男性で、日本に行ったことがあるというと、大抵、船舶関係の仕事をしていた人が多いです。 第一次大戦や第二次大戦で活躍した船や沈没した船。 昔と今はどんな品物を船が運んでいるのか。 航海で使った古い羅針盤、地図、機械類。 カリブ海にあった旧植民地東インド島の貿易の歴史。 最新のタンカーの様子では、400mの長い船で働く人はたったの19人などと、子供の社会の勉強には、とても良い教育施設です。 展示物の性格上やはり女性より男性が熱心に展示を見ています。
展示室の白い壁を大型クリーンにして、航海している映像を映しているので、観客者が乗船している錯覚を味わえます。
造船所跡地に作られた海運博物館は、船の形をくり抜いた造形が印象的です。 クロンボー城を見学に来た人が、道路の下に見えるガラス張りの建物に引き寄せられます。 1953年から1972年まで、造船所として使われた時のコンクリートの打ちっぱなしの壁が、塗料やさびが付いたまま抽象絵画のように残されています。 建物の壁一部として、造船所の歴史を感じさせる遺物です。 展示場は切り取られた船の空間を囲むように作られており、その空間を横切るように、左右に2本のジグザグの廊下が渡っています。
建物はなめらかなコンクリート仕上げです。 全体が黒、白、グレー、シルバーで統一してあります。 唯一入口の近くにある男女別のトイレの内部が、強烈なバーミリオンと緑の色の配色です。
博物館は、港の脇に地下深く作られているので、事前の地質、地盤調査や基礎工事が大変でした。 461本の杭を地下42メートルの深さに打ち込んでいます。 博物館の庭に出ると、規則正しく打ち込まれたたくさんの杭の頭の部分を見ることができます。 厚い造船所のコンクリート壁を船の形に1メートルの幅で切り取っています。 展示室が作られている地層の壁には、600本の杭が水平に細かく撃ち込まれています。 このような工事は、下記に記述した海運会社マースク社が請け負いました。 同会社のタンカーが世界各国に寄港できるように、港の建設を請け負う港湾土木の関連会社があります。 博物館の基礎工事には、港湾土木の技術と経験が発揮されました。
デンマークに、世界に有名な海運会社A.P.ムラ—・マースク社(A.P.Moeller Maersk )があります。 この海運博物館を建設したかなりの資金はA.P.ムラ—財団から出ています。 2012年亡くなったマースク・マッキニ—・ムラ—氏 (Maersk McCKinney Moellser 1913-2012)はデンマークで一番の高額所得者でした。 A.P.ムラ—財団は、ヘニング・ラ—センが設計に関わったオペラハウスを国に寄付したり、文化、芸術、科学、教育面に多大な貢献をしている財団です。 特に海運博物館ある世界最大の大型タンカーの展示は、まるでマースク社の宣伝です。 マースク社の寄付と土木技術なしで、海運博物館は完成しませんでした。
BIGが過去に設計した、ヘルシンガー市にある病院の精神病院棟、コペンハーゲンのウアステッドにあるマウンテンや8の字型をした巨大アパート8talletなど見た時、建物に使用されている素材が軽くて安っぽく、建物が大きいだけで荒削りの感じがありました。 海運博物館は、綺麗に作られて、完成度が高く、建物のどこをとっても絵になる空間を作りだしています。 博物館に入る長いアプローチからクロンボー城を眺めると、見慣れた風景が新鮮です。
開館1年目で目標の10万人を突破しました。 2015年5月に発表されるヨーロッパの建築賞ミース・ファン・デル・ロ—エ賞の中で美術館・博物館のカテゴリー一つにノミネートされました。 今回42カ国21の博物館がノミネートされています。 ヨーロッパ36各国から420のプロジェクトが色々な部門の賞の対象になっています。
海運博物館の入場料は、クロンボー城と合わせて割引です。サイト:http://mfs.dk英語版あり。
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写真は全て小野寺綾子氏撮影
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