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デンマーク ・ ヘルシンガーからの便り  50

「デンマークモダン建築の頂点」

2017/12/23小野寺綾子 / ヘルシンガー


ハルドー・ゴンルソン(Halldor Gunnloegsson)の名前を聞いたことがなくとも、1950年代の北欧やデンマークのモダン建築の紹介で、彼が設計した自邸は、必ず代表作の一つとして取り上げられるのでご存じの方が多いと思います。
ハルドー・ゴンルソン(1918−1985、以下HRと省略)の自邸は、アメリカの機能主義と日本の伝統的な建築から影響を受けた1950年代の頂点です。
この欄で何度も取り上げているリアルダニアが2006年にHRの妻から自邸を買い取り、一般に貸し出しています。 HRは長年王立アカデミー教授を務める傍ら、外務省、市庁舎、学校など多くの公共建物を設計しました。 ヘルシンガーにも彼が設計した住宅群があり、晩年ウッオンがそこに住んでいました。 個人住宅の設計は少なく、その内2つがHRの自邸です。 1958年に設計したこの二番目の自邸は、リアルダニアが所有している建物の中で、内外から見学の問い合わせが多い建築物です。

家があるロングステッド市は、コペンハーゲンから北に約20km、豪奢な家が立ち並ぶ超高級住宅地の一つです。 自邸は、交通量が多い海岸通りの、道よりやや低い土地に、隠れるようにあります。 自邸の周りは豪邸ばかりですので、狭い土地にある自邸は小さくて、こぢんまりした家だという第一印象です。 私がこの家を見学したのは2回目で、今回も以前と同じ夫婦が住んでいました。

道から垣根の門をくぐり、ゆるやかなスロープを下がると、平らな屋根の向こうにウアソン海峡が見えます。 建物の正面に黒い木製の車庫、右手の黒く塗られた格子戸の奥に玄関の大きな黒いドアがあります。 黒いドアを開けると、居間は両脇がガラスですので、明るく開放感があります。 綿密に計算されたシンプルな作りの中に、均整が取れた美しさと、緊張感がある建物です。東側の窓から海が見え、西側は庭というふうに両窓に360度のパノラマ視界がひろがります。 左右のガラスから光が差し込み、建物と自然と一体感があります。

1958年にHR夫妻は初めて日本に行き、日本の伝統な建物を見て、夫妻は新しい家を建てることにしました。 建物は、日本の畳の大きさが建物の間取りを決めるという日本の伝統的な建築の考え方を取り入れています。 この家では、窓ガラスの大きさが家のモジュールを決めています。建物は細長く、壁は細長い側面しか有りません。
床はスウエーデン製の大理石が居間、寝室、車庫まで続いて、バリアフリーです。 早い時期の床暖房を取り入れています。 大理石は、HRが設計した市庁舎に使用した石を、自邸用に買いました。 灰色の大理石を大小の長方形に切って並べていますので、黒い家の中で、石の濃淡模様が装飾的です。 天井は木の木目がきれいです。 ドア、壁、軒、梁、窓枠や洗面所、化粧台、居間や台所の壁などすべてが黒に塗られています。 当時はとても革新的でした。 今でも斬新です。 最初、HR夫妻は、家を箱になぞらえ、その箱を開けたらカラフルな色のある部屋にするつもりでした。 しかし、実際壁をそのように塗ってみると、窓から自然の様々な色が入り、逆に色が溢れるので、当初の計画を変えて壁を黒にしたそうです。
日本のふすまのような間仕切りは、居間と寝室の間、小さい台所と居間の間に使われています。 設計当初は、玄関と居間の間、居間と食堂の間にも仕切りが有りましたが、妻が部屋は広い方良いと言い、仕切りに賛成しませんでした。 HRは家を二人用に設計したので、ゲスト用の部屋はありません。 車庫をゲスト用に変える設計も試したそうですが、家の完成度を台無しにするので、諦めたそうです。 ですから、 HR夫婦が住んでいた時は、物を持たないように、いらない物は捨てるようにと、必要最小限の物しか持ちませんでした。 入居まもない1959年ころの写真を見ると、本当に物がなく、近くに住んでいた友人のケアホルムの椅子、イサム・ノグチのランプ、ソファ、机など数点の物しか室内に置いてありません。

現在住んでいる夫婦は、HRが使っていたヤコブセン、ケアホルムの椅子や机、ソファなどを使用しているほかに、自分達の持ち物、絵や家具を持ち込んでいます。 そのため居間はすこし雑然として、HRが住んでいたような空間が失われ、すっきりしません。 この家のご婦人が昔日本で買ったという漆のお盆を見せてくれました。 日が当たる窓辺に置いてあるので、残念ながらお盆は日に焼けて台無しになっていました。 台所は狭いながら、小さい冷蔵庫や収納棚がありコンパクトです。 天井窓があり、細い棒を使って手動で開けます。

居間から海側の大きな窓をあけるとベランダがあります。 ハマナスの低木がある庭におりるとすぐに海岸です。 この家に住む夫妻は、趣味がカヌーのようで、庭にカヌーがありました。 HRは、日本の簾を窓の大きさに合わせて、カーテンのように使っていましたが、現在、この簾は取り外してあります。

HRとヨーン・ウッソンは、王立建築アカデミーで同級生でした。 HRは頭脳明晰、読書家で、知的な面から設計することができるのに対して、ウッソンは知的ではなく、本などを読まなくても、問題に対処した設計が出来たそうです。 この対照的な二人は互いに自分に持っていないものを見いだし、急速に仲良くなりました。 HRとウッソンは1942年にアカデミーを卒業後、一緒にスウエーデンに渡りHakon Ahlbergの事務所に勤めました。 ストックホルムに滞在中、HRはアスプルンドの建築を勉強して、建築は美しく機能しなければならないという考え方に大きな影響を受けました。
建築家となった後、二人は互いに尊敬しあっていても、滅多に会うことがなかったそうです。 二人の共通の友人であるアカデミーの教授が中を取り持っても、上手くいきませんでした。

1985年、HRが67歳の時、神経がおかされる進行性の難病多発性硬化症(ALS)になりました。 歩行困難になり、自分で設計をすることも出来なくなりましたが、弟子の協力を得て、コペンハーゲン港の設計コンペに提出するプロジェクトを終えました。 最後は病院で弟子に設計の指示を出していました。 死後8日後に設計コンペで一位になった知らせがあり、HRの妻が代理で賞金を受け取りました。

写真は全て小野寺綾子氏撮影
全ての内容について無断転載、改変を禁じます。

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家の外に止められた子供達の自転車。

■ 緑の垣根の門を下がって行くと、屋根の彼方にウアソン海峡が見える。

■ 緑の垣根の門を下がって行くと、屋根の彼方にウアソン海峡が見える。

居間では、近所の人や子供達が集まって、お別れ会。3本足のヤコブセンの椅子は、長女がもらうことになった。

■ 正面は車庫と物置、右側の奥に格子戸があり玄関につながる。

■ 正面は車庫と物置、右側の奥に格子戸があり玄関につながる。

玄関より左側が、スライド式のガードローブ。右側と奥に部屋がある。天井裏に行くには、はしごを掛けて上がる。

■ 道路側、庭から家を見る。後方には、豪奢な住宅が見える。

■ 道路側、庭から家を見る。後方には、豪奢な住宅が見える。

カーテンが外された部屋とすり切れたコルクの床。

■ 庭からトルソーが置いてある居間を見る。

■ 庭からトルソーが置いてある居間を見る。

塗料が塗ってない、木目が現れた窓枠。日が当たる所は、特に色が薄い。

■ 赤い服、スカートをはいている婦人がこの家に夫と住んでいる。窓脇にケアアホルムの椅子、日本の漆のお盆が置いてある小さいテーブルがある。 左側の玄関の脇に化粧台があり、黒い引き戸を開けると鏡と朱色の化粧台が見える。

■ 赤い服、スカートをはいている婦人がこの家に夫と住んでいる。窓脇にケアアホルムの椅子、日本の漆のお盆が置いてある小さいテーブルがある。 左側の玄関の脇に化粧台があり、黒い引き戸を開けると鏡と朱色の化粧台が見える。

窓の部分。

■ トルソーの脇に植物鉢がおいてあるので、大事な空間がすっきりしない。 HRが所有していた家具のほかに、現在住んでいる夫婦の持ち物も持ってきているので、狭い部屋は、なおさら狭く感じられる。

■ トルソーの脇に植物鉢がおいてあるので、大事な空間がすっきりしない。 HRが所有していた家具のほかに、現在住んでいる夫婦の持ち物も持ってきているので、狭い部屋は、なおさら狭く感じられる。

正面玄関の塗料がぬられていない、木目が浮き上がったオリジナルのドア。残念ながら、古いドアは防犯に弱いので、新しいドア金具にするように奨励されている。

■ 窓に映る海の風景

■ 窓に映る海の風景

元仕事場で、物置にされていた部屋。古い一枚の大きなガラスが使われている。上部に手製の空気孔がある。

■ 海に突き出した、個人用の泳ぐ橋桁。健康のために年中泳ぐ人もいる。

■ 海に突き出した、個人用の泳ぐ橋桁。健康のために年中泳ぐ人もいる。

居間の2枚の大きなガラスがはいった窓。窓枠の真ん中の木枠に小さい空気孔がある。

■ 左がHRの家、右手は隣の家。デンマークでは海の近くに住むのは、ステータスの一つである。

■ 左がHRの家、右手は隣の家。デンマークでは海の近くに住むのは、ステータスの一つである。

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