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デンマーク ・ ヘルシンガーからの便り  55

「デンマークのゲットー問題」

2019/5/10小野寺綾子 / ヘルシンガー


デンマークのゲットー問題
デンマークでゲットーと呼ばれる場所は、建物に落書きがあったり、薄汚れたすさんだ住居環境ではありません。 住宅組合や公団などが建設して管理しているので、建物の外見や周辺の緑地はきれいです。 ゲットーという暗いイメージより、失業者、低所得者やイスラム系の移民、難民が多く住む社会的な問題を抱えたアパート群と呼んだほうが適しています。 最近マスコミで、デンマークはパラレル社会、格差社会になったという議論が出てきました。

政府は2005年から全国の問題があるゲットーリストを公表しています。 2018年末、ゲットーは29か所でした。 その内11か所がコペンハーゲン市やコペンハーゲンの南の自治体にあります。 オーフスにはGellerup ゲルロップ (住民5614人)やオデンセのVallesmoseヴァルスモース(住民7763人)など、大きな自治体にそのような社会問題のあるアパート群あります。 大規模なアパートは、1960年代から70年代の高度成長期にたくさん建てられました。 アパートができた初期はデンマーク人の家族が入居していました。 次第に失業者、低所得者など、社会の底辺にいる人や1970年代に来たトルコやパキスタンからの外国人労働者とその家族、難民できたパレスチナ人など外国人が入居する割合が増えました。

ゲットーとみなされるのは、下記の定義があります。(住民1000人あたりの統計)
1. 失業率。18歳から64歳までの年齢で、この2年間仕事をしていない。 もしくは、職業につくための教育課程から外れている。上限は40%まで
2.刑罰。犯罪、銃刀法などの刑罰を受けた。上限は1.98%
3.学歴。30歳から59歳までの年齢で9年間の義務教育課程しか修了していない。上限は60%
4.所得。15歳から64歳までの年齢の年間所得額。上限は49.9%
5.人種。住居者のデンマーク人の割合。上限は50%

昨年、私の家から徒歩で15分くらいの所にあるアパート群が、ゲットーリストに入りました。 15棟のアパートは、近年建物の外側に断熱材を補強し、窓などを修理してモダンです。 1964年に完成した時、とても人気のあるアパートだったそうです。
住民は1088人で、上記のゲットーとみなす定義を当てはめると、規定を上回っています。
1. 失業率43%。 2.刑罰2.4%。3.義務教育終了 72.4%。4.所得額50.7%。5.非デンマーク人住民 56%
市長は、このアパートをゲットーリストからはずす対策として、「仕事のある人を入居させたい。 ここに住む住民は、子供を保育園に送らないので、小学校に就学した時デンマーク語がおぼつかない。 そのためデンマーク語の習得度のテストをしたりしなければならない」と言っていました。 さらに自分が市長になる前の政策で、同じような境遇の人を多く入居させてしまった市の方針を批判していました。
デンマークでは共稼ぎが普通で、女性は基本的に働いています。 イスラム系女性は一般に家にいる人が多く、働いている割合は低いです。 ヘルシンガー市では、失業者や特に難民できたイスラム系の女性の学歴などをふるいにかけ、働けそうな人を介護福祉士養成学校に行けるようにする取り組みが模索中です。

このゲットーからさらに10分ほど歩くと、56のブロックに4000人が住む大きなアパート群があります。 トルコ人が多く住むので、陰口でミニイスタンブールと呼ばれています。 仕事についているトルコ人が多いので、ゲットーリストに入っていません。 この住宅も最近外壁、ベランダ、窓、台所など大修理したのできれいになりました。 近くに小学校があり、敷地内に保育所、文化センター、図書館分室、高齢者住宅があります。 過去に若い男の子が不満のはけ口に、ごみコンテナを燃やしたりする出来事がありました。 住宅組合は住民を不安にさせる事件を起こした男の子の家族をアパートから退去してもらう強い方針を取りました。

2005年の政府の発表からコペンハーゲンでゲットーとして知られている所に、ティンベア (Tingberg)という地域があります。 建築家は著名な王立建築アカデミーの教授を務めたステーン・アイラー・ラスムッセン(Steen Eiler Rasmussen 1898-1990 以下SERと略)、ランドスケープアキテクトは、C. Th. ソーレンセン(C.Th. Soerensen 1893-1979)です。ノアブロ地区に1950年代から1970年代にかけて、小さい町に住居、職場、商店、施設があるべきというコンセプトで計画的に設計されました。 結局職場は入らなかったのですが、広い地域に2090戸、5257人が住んでいます。 その内1700人は18歳以下です。
建物の外観はローマハウスと同じ黄色のレンガです。 住宅の周りに緑地が多く、新しい遊び場もあるので、ゆったりして快適そうな印象を受けます。 12階建ての高層、3階の中層のアパート、低層住宅、敷地の中心に小学校が建っています。 アパートはコの字をしており、建物の後ろ、ベランダ側に共同緑地があります。 SERが他の住宅や施設の設計で使ったプロポーションや特徴のある窓の取り方など見られます。 50年経っても建物は傷んでおらず、レンガ作りの入り口や階段は均整がとれて美しいです。

ゲットーの定義を当てはめると、1.失業率 27.6%. 2.犯罪率 1.83%.  3. 義務教育課程 76.3%. 4. 所得 51.4%.  5.  非ヨーロッパ人住民 51.4%

通りを歩くと、出会う人はスカーフを被った女性など、服装や容姿からトルコ、アラブ系の人が多いことです。 商店街に入居している店は、安売りのスーパーやアラブ系の八百屋があり閑散としています。
最近はあまり事件を聞きませんが、以前はよく暴力団ギャング同士の抗争があり、拳銃の発砲事件がありました。 不満をもつ青少年グループが警察のパトカーや路線バスに投石をしたり、車を焼いたりしたので、チィンビアは怖くて、荒れたイメージが強かったです。 2018年秋に、小学校のすぐ近くにCOBEが設計したタワーのような図書文化センターが完成しました。 見る角度によって細長く見える三角形の建物です。 木のように外壁をおおう細い素材は鉄で、周りのレンガの黄色い色を吹き付けています。 この学校の500人の生徒の内90%が非デンマーク人です。 この8月に小学校の幼稚園クラスにあたる0年生に入学する6歳児70人のデンマーク語の習得度を調べる言語テストの結果、デンマーク語に問題ない子供は7人。 多少不安がある子供は51人。 残り12人はデンマーク語の習得度に問題があるという結果がでました。 デンマーク語の習得が低いと、成人した時に学校や社会から落ちこぼれてしまいます。

ゲットー問題を解消するため、チィンビアで現在行われている取り組みは、FSBとSABの住宅組合が敷地内に2300戸の新しい住宅を建設していることです。 その内1000戸は、賃貸ではなく分譲販売します。 新しい住民を入れることで、偏った層だけの人が住むゲットーのイメージを払拭して、地域を活性化することが狙いです。
他のゲットーリストに上がったアパート群では、高層アパートを取り壊して低層の住宅にする計画があります。 学生寮や高齢者住宅を建設し、アパートや住宅は賃貸から、分譲に変えて住民の多様化を目指します。 チィンビアと同じくらいゲットーとして知られているアパート群では、コペンハーゲン市が住民に移転費用を全面負担して、他のアパートに移転したい希望者を募る計画があります。 その後でアパートを改修工事して、分譲として売り出す予定です。

写真は全て小野寺綾子氏撮影
全ての内容について無断転載、改変を禁じます。

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■ ヘルシンガー:修理されて外見はモダンになったアパート。

■ ヘルシンガー:修理されて外見はモダンになったアパート。

■ ヘルシンガー:1964年に建設されたアパート。

■ ヘルシンガー:1964年に建設されたアパート。

■ ヘルシンガー:ベランダを見ると、自国のテレビを見るため、パラボ ラアンテナがいくつもある。カーテンの使い方で、住民がデンマーク人か外国人なのか推測できる。

■ ヘルシンガー:ベランダを見ると、自国のテレビを見るため、パラボ ラアンテナがいくつもある。カーテンの使い方で、住民がデンマーク人か外国人なのか推測できる。

■ ヘルシンガー:ベランダのアンテナ。

■ ヘルシンガー:ベランダのアンテナ。

■ S.E.ラスムッセン設計のティンビアの住宅。

■ S.E.ラスムッセン設計のティンビアの住宅。

■ 玄関部分。

■ 玄関部分。

■ 住宅部分。

■ 住宅部分。

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本、オペラハウスの模型、ウッソンのサイン入りのオペラハウスのワインなど細々したのが、ガラスケースに展示されている。

■ 共同緑地を囲む住宅。

■ 共同緑地を囲む住宅。

■ 通りを歩くのは、イスラム系の人が多い。

■ 通りを歩くのは、イスラム系の人が多い。

■ S.E.ラスムッセンの設計によく使われる窓。

■ S.E.ラスムッセンの設計によく使われる窓。

■ 低層住宅。

■ 低層住宅。

■ 様々なタイプの住宅が広大な敷地に建ち並んでいる。

■ 様々なタイプの住宅が広大な敷地に建ち並んでいる。

■ アパート風景。

■ アパート風景。

■ ティンベアでは2つの住宅組合が、アパートを管理している。SABはその一つ。

■ ティンベアでは2つの住宅組合が、アパートを管理している。SABはその一つ。

■ ティンベアの小学校からアパートを見る。

■ ティンベアの小学校からアパートを見る。

■ COBEが2018年に設計した小学校の施設に接続する図書文化センター。

■ COBEが2018年に設計した小学校の施設に接続する図書文化センター。

■ 文化センターは、モザイクのようなガラスと木のように見える細い鉄の外壁で覆われている。

■ 文化センターは、モザイクのようなガラスと木のように見える細い鉄の外壁で覆われている。

■ 共同緑地にいる仲のいい女の子。

■ 共同緑地にいる仲のいい女の子。

■ ゲットーとして知られている、ミョルナーパークン。

■ ゲットーとして知られている、ミョルナーパークン。

■ 新しいアパートに引っ越したい希望者に対して、コペンハーゲン市が住民の移転費用を負担する。アパートを全面改築して、分譲アパートとして売り出す。

■ 新しいアパートに引っ越したい希望者に対して、コペンハーゲン市が住民の移転費用を負担する。アパートを全面改築して、分譲アパートとして売り出す。

■ 入口にある鳥、ネズミなどの害獣に気を付けるようにという掲示。

■ 入口にある鳥、ネズミなどの害獣に気を付けるようにという掲示。

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